僕は人生に必要なことのほとんどをテレビゲームから学んできた。
今回とりあげるのは、1990年にリリースされたSFCのパズルゲーム『ボンバザル』。
プレイヤーはB級映画の異星人のような外見の主人公を操り、ステージ内に設置された爆弾や地雷をすべて爆破処理していくことになる。決まった手順で処理しなければ手詰まりとなり、それはすなわち「死」を意味する。
主人公は非常に脆弱で、爆風に巻き込まれたり、ステージから落下したりなどするとすぐ死んでしまう。
文字通り、一歩間違えば主人公は死んでしまうのだ。
その点では、本作品の根底にあるメッセージは「生存」といってもいいだろう。
大切なことを教えてくれた「ボンバザル」を、いま一度振り返ってみよう。
印象には強く残っているゲームではあるが、どうしても細部まで思い出せなかったのでネット上の情報から記憶を再構築してみた。
爆弾にも色々な種類があること、敵キャラの存在、80面の存在…
あの頃が鮮明に思い出された。ただ、80面がいわゆる「鬼門」であることは今になって知った。説明書をよく読んでいなかったのだろう。
主人公のデザインに製作者の手抜き加減が感じ取れるが、この点もボンバザルというゲームに一層のインパクトを付加している。この危機感のない面構えで爆弾を処理すること自体に、ひときわシュールさを感じてならない。
また、この主人公は爆弾を起爆させる際に両手で頭(?)を抱え込む仕草をとるが、これが妙にかわいい。
下手を打つとそのまま爆風に巻き込まれて跡形もなく消し飛ぶさまもチャーミングだ。
死と隣り合わせの任務に就いているにも関わらず軽装であることや、爆散しても何事も無くふたたび無表情で現れるあたり、主人公は爆弾処理の目的だけに量産された「捨て駒」なのかも知れない。
しかし、いや、だからこそ。プレイヤーは主人公に対して哀愁と愛着を感じずにはいられないのだ。
ボンバザルに関するネット上の情報には「クソゲー」というネガティブな表現が散見されるが、これは間違いなく良いゲームだったと思う。
追憶
このゲームを手にしたとき、僕はまだ6歳だった。
今になって思うと、なぜあの時期にこんな不条理なゲームを与えられたのか不思議でならない。
おかげさまで、僕の精神は成長を止めたままだ。
しかしながら、当時はむさぼるようにこのゲームをプレイしていた。6歳児の脳にとってはいささか難度の高い代物ではあったが、ステージをクリアするための「解」を手探り体当たり見つけ出すことが好きだったのだ。
パズルには必ず答えがある。そのシンプルでソリッドな世界が、とても心地よかった。
当時、放課後はもっぱらボンバザルに時間を割いた。ゲームは1日1時間というベタな規則もあったので、だらだらとやる訳にはいかない。帰宅後は手際よく手洗いとうがいを済ませ、スーファミのセッティングに走るのだ。
まさに、「手洗い・うがい・ボンバザル」という無駄のない流れがルーチンワークに組み込まれていた。
幾度と無く爆死し、転落死し、頭を悩ませながらボンバザルに没頭する日々。
楽しかった。クリアへの道筋を発見できたときの喜びは、容易に表せるものではない。
だがいつだっただろうか。ぱったりとボンバザルをやらなくなってしまった。
他に新しいゲームを手に入れたのか、それとも難しすぎて解けなくなったか、はたまたカートリッジが黄ばんできて触るのも嫌になったのか。理由は忘れてしまったが、とにかくボンバザルをやらなくなった。
その後、ボンバザルはフリーマーケットにて箱・説明書なしで1000円で売れた。
小学3年生の夏だった。